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■  ポンと村おこし  第5話「街には危険がいっぱいです」          ■
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「店長さん、ここがダムになったら、コンちゃん死んじゃいます!」
「は?」
「今日はもう終わりました」の札が下がっているドア。
 お店にはわたしと店長さんと、コンちゃんはテーブルで眠ってます。
「朝、話したら、コンちゃんは死んじゃうって言ってました」
「はは、まさかまさか」
「うう……店長さんコンちゃんが死んでも平気なんですか?」
「いや、コンちゃん死なないよ」
「ふえ?」
「祠は移動できるんだよ、神主さんとか来て、お祓いして、別のところにね」
「じゃあ、コンちゃん死なないで済むんですね!」
「いっつもケンカしてるのに、どうして心配するかなぁ」
 店長さんはにこにこしながら、頭をなでてくれます。
「どうせコンちゃんまた俺らをだまして……」
「ウソなど言っておらぬ」
「!!」
 いつの間にかコンちゃん起きてます。
 眠そうに目をこすりながら、
「祠がダムに沈めば、わらわは死ぬ」
「またまた」
「本当じゃ……おぬし、さっき移せると言ったな」
「そうだよ、神社なんかも移動してるし」
「わらわは歴史が違うのだよ、歴史が」
「は?」
「わらわは平家の落ち武者に封印されたのじゃ」
「へいけ……」
「それだけ永くこの地に封じられているのだ……今更移す事などかなわぬ」
 コンちゃん、言うと行っちゃいました。
 でも、トイレです。
「ねぇねぇ、店長さん、やっぱりコンちゃん死んじゃいますよ!」
「ああ、なんか本当みたいだね」
「なんとかならないの?」
「ダム工事をやめるなんて出来ないし」
「やっぱりコンちゃん死んじゃうんです?」
「うう……そうなるのかなぁ」
「店長さんはいいんです?」
「っても……なぁ」

 夜……コンちゃんはもう寝ちゃいました。
「店長さん……」
「ポンちゃん……まだ起きてるの」
illustration はづきゆう
「店長さん、コンちゃん助からないんですか?」
「しかたないんじゃ……ないのかな」
「店長さんは平気なんですか」
「嫌だけどさ……話を聞いてるとなんとも……」
「薄情ものっ!」
「ポンちゃん言うね」
「だって!」
「ポンちゃんは俺の事、好きなんだよね」
「え……ええ……はい、結婚して」
 どさくさにまぎれて言っちゃえ。
「コンちゃんがいなくなったら、好都合じゃないの?」
「!!」
「ねぇ?」
「でも、そんなの、嫌です」
「ふーん」
「コンちゃん死んじゃうの、なんか嫌です」
「でも、コンちゃんとポンちゃん比べたらコンちゃんだよね……」
「店長さんっ!」
「はいはい、怒らないで怒らないで」
「もうっ!」
「でも、ダムができるのはどうしようもないんじゃないかな」
「うう……そうなんですか」
「ポンちゃんも、もしかしたら死ぬの?」
「わ、わたしは変身はっぱで変身してるから、関係ないです」
「じゃあ、ポンちゃんは一緒に街で暮らせるかな」
「そ、それってプロポーズ?」
「違う」
「うえ……」
 店長さん、即答です、ぐっすん。
「コンちゃんと違って働き者だからね」
「えへへ、恩返しですから」
 ふと……思っちゃいました。
「店長さん、街って、どんなところです?」
「え?」
「村が無くなったら、その街で暮らすんですよね、一緒に」
「うん……だね……街を知らないの?」
「だ、だってわたし、ずっと山暮らし……タヌキだったし」
「だって……人間の事詳しいよね」
「それは、捨ててある雑誌で勉強してるんです」
 それは不法投棄というヤツらしいです。
 わたし、そこでいろいろ勉強しました。
 だから、大人の恋だってばっちりです。
「ポンちゃん雑誌で読んだ事ないの?」
「!!」
 思い出してみます。
 雑誌だと、街というところには、人がいっぱいいるんです。
「そう、わたしはちゃんと勉強してますよ」
 でも、思い出してみても、捨ててあった本にはこわい話ばっかりだったように思います。
 特に覚えているのは、七つの傷を持つ男の伝説。
「て、店長さんっ!」
「な、なに?」
「街には人がいっぱいですよね?」
「だね」
「モヒカン頭の悪者が跋扈してるんですよ」
「そ、それは何を見たのかな?」
「な、七つの傷を持つ男はいますか?」
 わたし真剣。
 店長さんはうつむいて、丸めた背中震えてます。
「ねぇ、店長さん、七つの傷の男は?」
「ああ、い、いるよ、パチンコ屋さんに」
「店長さん、街に行くのやめましょう、パチンコ屋さんは危険です」
「ポ、ポンちゃん……」
「店長さん、街は危険でいっぱいです、わたしここがいいです」
「もう……何を勉強してきたのやら……」
「ねぇ、行くのやめましょう!」
 店長さん真剣に聞いてないです。
 思い切りゆすっちゃえ。
「ねぇねぇ!」
「まぁまぁ」
「店長さんっ!」
「うん……」
 あ、店長さん、考える顔になってくれました。
「ねぇねぇ」
「そうだね……俺もここで生まれたし、家を出るのは、本当は嫌かな」
「じゃあ、行くのはやめですね?」
「っても、ダムを作るのをやめるって訳にいかないし」
「どうにか……ならないんですか?」
「そうねぇ……」
「店長さん……」
 もう、店長さんゆすっても、何も言ってくれません。
 やっぱり、街に行かないとだめなのかなぁ。

 朝のお勤め、祠にお参りです。
「あら、またあんたかい」
「おばあちゃん……」
「毎日感心だねぇ、お稲荷さまも喜んでいるよ」
 多分、寝てますよ。
 おばあちゃん、祠に手を合わせてます。
「ねぇねぇ、おばあちゃん」
「なんだい?」
「わたし、ここにずっと住んでいたいな」
「ふうん、住めば?」
「だってダムが」
「ああ……」
 おばあちゃん、考えてます。
「ダム作ってるからね、出来たら村は沈むね」
「でしょ」
「しかたないよ」
「わたし、嫌だな」
「そう言ってもねぇ」
「なんとかなりませんか?」
「でもな……この村には何にもないよ、山の中だし」
「街はこわいんですよ」
「それはそうかも知れないねぇ」
「わたし、ここがいいな」
「ふむ……こういう時は神頼み」
 おばあちゃん、祠に手をあわせてムニュムニュ言います。
「あんたも拝むんだよ」
 言われたから拝みます。
 でも、肝心の神さまは、たぶんまだ寝てますよ。
 スケスケの寝巻きで。
「あの、おばあちゃん」
「なんだい?」
「あのあの、わたし、神さまを信じない訳じゃないけど」
 でも、この祠の神さまは、ちょっと不安です。
 まだ寝てる訳ですし。
「わたしでなにか、出来ないかな?」
 おばあちゃん、急に笑顔になります。
 わたしの手をつかまえて、ギュっと握ると、
「あんた良い娘だね、私でももう村を諦めてるっていうのに」
「だ、だって〜」
「あんたはパン屋の娘だから、しっかり仕事しな」
「それで、いいんですか?」
「今のあんたには、それしか出来ないだろ」
「ふえ……それでいいなら、頑張ります、どんどん売ります」
「そう、それでいいんだ、精一杯生きる、今はそれしかないよ」
「ふええ」
 おばあちゃん、握った手を揺すります。
「神さまは、ちゃんと見ててくれるからね」
「……」
 その神さまは、多分まだ夢の途中ですよ。


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